きゃりーぱみゅぱみゅの年齢、本名は?毒親だった?黒歴史とは

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経歴

きゃりーぱみゅぱみゅさん(1993/1/29~、所属:アソビシステム)は、西東京市で出生しています。2020年1月に満27歳、2025年1月に満32歳を迎える勘定となります。

本名は、竹村桐子さんと言われています。和風な色っぽいお名前ですね。勿論和の装いも着こなしが素敵です。身長は158cmと普通ですが、87cmEカップのナイスバデイであるそうです。血液型はB型との情報です。3歳から12歳までクラシックバレエを習っており、現在のダンスの素養となっているようです。

芸名の、きゃりーぱみゅぱみゅさんのルーツは、高校時代のあだ名「きゃりー(桐子からきている?)」に、サバンナ八木(真澄)さんの「パミュ」という一発ギャグを足したものだそうです。ぱみゅがふたつ続くのは、同じ言葉を繰り返すとかわいいから、という事です。「語呂がいいから」ではなく、「かわいいから」なんですね!ここ重要です!

中1でデビュー(黒歴史?)

小学生時代に池袋でスカウトされ、中1のときの1年間だけ本名の竹村桐子名義で芸能活動をしています。その活動内容は、ジュニアアイドル(未成年のセクシー路線)と言われています。『ベストワンシステム』に所属し『いもうと倶楽部』というレーベルからDVDをリリースしていました。きゃりーぱみゅぱみゅさんは本件にはあまり触れられたくないらしく、公の場で表立った発言はしておりません。

きゃりーぱみゅぱみゅさんは中学から高校まで陸上に勤しんでおりました。特に中学の頃はおしゃれに興味がなく、真っ黒に日焼けして黒髪でショートヘアだったそうです。

出典:https://yumeijinhensachi.com/archives/1951

模範的な中学生だったきゃりーぱみゅぱみゅさんは、『高校入試面接対策DVD・高校受験の面接対策ならこれで決まり!』にも出演を果たしました。

出典:https://resumedia.jp/16794.html

高1で読モ

2009年(16歳の時)に原宿系の雑誌のストリートスナップに登場したのを皮切りに、「KERA」、「Zipper」、「HR」などで読者モデルとして活躍します。また読モの傍ら、歌手デビューを目指してレッスンにも通っておりました。

一方、『バーミヤン』でのアルバイトも高校時代の3年間を通して続けたそうです。バレエ、陸上、アルバイト、何を始めても一貫して続けることのできるきゃりーぱみゅぱみゅさんを尊敬します。

出典:https://yumeijinhensachi.com/archives/1951

きゃりーぱみゅぱみゅさんは高校時代、『お笑い研究会』を設立しており、文化祭ではコントを発表していました。当時は本気でお笑い芸人を目指していたこともあったそうです。また、服飾系の専門学校に進学しデザイナーになるという進路も選択肢にありました。

出典:https://resumedia.jp/16794.html

女子高で伸び伸びと楽しんでいる雰囲気が伝わってきます。きゃりーぱみゅぱみゅさんは芸能界に友達が少なく、今でも高校時代の仲間と仲が良いそうです。

高3で歌手デビュー

2010年高校卒業目前に、きゃりーぱみゅぱみゅさんは、クラブイベントで偶然「Perfume」プロデューサー中田ヤスタカさんと出会い、エイベックス社主催イベントの『ミラクルオレンジ』で歌手デビューを果たします。

出典:https://www.kkbox.com/jp/ja/song/mHBHK238tP14xYBP4xYBP0PL-index.html

生い立ち

きゃりーぱみゅぱみゅさんの家庭はとてもきびしかったそうです。お母様が厳しいのはもちろん、普段は優しいお父様もまた、たまに怒ると非常~に怖かったそうです。

スパルタは毒親なみ?

ご両親は鹿児島の出自と言われており、古風な儒教的な価値観が根強かったのかもしれません。お父様の田舎は鹿児島の携帯電話の届かない山奥で、きゃりーさんは中学生になっても強制的に、家族での帰省を余儀なくさせられていたそうです。こんなところにもパワーマネージな厳しい躾を感じさせられます。お母様のお名前は、『竹村郁子さん』、といわれています。

出典:https://gachimom.com/entry/kyary-pamyu-pamyu-parents/

お母様からの鉄拳制裁(ビンタ)は当たり前、青あざはしょっちゅうだったそうです。きゃりーぱみゅぱみゅさんはご兄弟はおらず1人っ子との事で、ご両親の連合軍には逆らえない空気があったのかもしれません。ご兄弟がいれば、親2 VS 子2~3ということで、数の論理で多少は民主化が図られた可能性もあります。しかしこの状況できゃりーぱみゅぱみゅさんは立派にお育ちになられたので、結果オーライということでしょう。

一方、きゃりーぱみゅぱみゅさんの中1の時のジュニアアイドル活動に、当時お母様の方が積極的だったと言われています。お父様はどちらかというと乗り気ではなかったそうです。

またお母様は、きゃりーぱみゅぱみゅさんが高校を卒業してからは、『これからは自分の好きなように自由に生きなさい』と束縛や制約を止め進路にも口出しをしなかったそうです。

単に厳しく口うるさいだけではなく、お母様なりの基準と思想があったようです。

高校時代は「聖戦」

きゃりーぱみゅぱみゅさんは、私立女子校の『立川女子高校(偏差値41程度)』に進学しました。『立川女子高校』を選んだ理由は、『制服がかわいかったから』だそうです。

出典:https://yumeijinhensachi.com/archives/1951

携帯電話は高校でデビューしましたが、なんと夜20:00から朝の6:00は使用不可だったそうです。殆ど家族間の連絡専用って形ですね。門限は19時厳守で、遅れると家へ入れなかったそうです。また、高校生まで家族3人で寝室は一緒だったそうです。

出典:https://resumedia.jp/16794.html

きゃりーぱみゅぱみゅさんが何かの方便で嘘をつくと、携帯を1週間以上没収されると同時にPCもロックされ、完全なる電波封鎖をされたそうです。

https://twitter.com/pamyurin/status/1477462246611914756?s=20

 

高校生の頃は、月5000円の小遣いをもらっていましたが、ご両親からつけまつげ、髪を染めること、ウィッグは禁止されていたそうです。つけまつげ、ウィッグが原因で、お母様より青あざができるまでの鉄拳制裁となったこともあるそうです。当時をきゃりーぱみゅぱみゅさんは、「毎日が戦い」と語っていました。

出典:https://yumeijinhensachi.com/archives/1951

一方、優しいお父様は、お母様の言いつけを守り髪を染めないきゃりーぱみゅぱみゅさんを『偉い』と評価して、ネットでウイッグをこっそり買ってくれるなど陰で応援してくれたそうです。

現在つけまつげ、ウィッグはきゃりーぱみゅぱみゅさんの制服のようですが、実は高校時代から続いている、きゃりーぱみゅぱみゅさんの自分の思想・アイデンティティを表現するための「聖戦」なのですね。

出典:https://nami-machi.net/2016/01/10/4161/2

きゃりーぱみゅぱみゅさんが世界中で受け入れられ称賛されているのは、きゃりーぱみゅぱみゅさんのレジスタンスや自由、自己実現や革命の思想を、世界の人々がきゃりーぱみゅぱみゅさんを通してみているからかもしれません。

成功はしつけのおかげ

きゃりーぱみゅぱみゅさんは今ではご両親に感謝しているそうです。『大人の人と仕事する上で、ちゃんとしてるねって褒められるのはお母さんが厳しくいってくれたから。人と話すときとか思いやりの気持ちとか、マナーの基礎を教わりました。』と語られています。ご両親の子育ては結果的に大成功に終わりました。

現在はSUICAやカードは自由に使え、最終的にお母様にお金の管理をしてもらう生活をしているそうですが、今でも私物のバッグはせいぜい2万円で、高級バッグは持った事がないそうです。2018年9月20日放送の「櫻井・有吉THE夜会」では、西川史子先生に高級バッグをすすめられて戸惑うきゃりーぱみゅぱみゅさんの姿が放映されました。このあたりは、世代的な価値観の違いで、一概にセレブ度を計る物差しとはならないかもしれませんが。

まとめ

アラサーになったきゃりーぱみゅぱみゅさんは、ナチュラル系に転向をし、バラエティ番組やナレーターなど、活動領域を拡げています。更に私生活も順調で、「ポスト小栗旬」と目されるイケメン俳優さんとの仲は、スパルタお母様も公認なのだとか!これからもきゃりーぱみゅぱみゅさんに注目していきます!

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