竹内由恵、実家は金持ちだった?父親、弟、祖父がやばい件

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医師と結婚して静岡に移住

竹内 由恵(たけうち よしえ、1986/01/20~)さんは、元・テレビ朝日のアナウンサーさんですね。2019年3月に同い年の医師である一般男性と結婚し、2019年12月31日局を退社されました。竹内由恵 さんは結婚と共に静岡県に移り住んでおります。

当初から竹内由恵 さんには専業主婦願望があったのですが、他ならぬ旦那様より、『暇そうだから仕事してみたら?』とのアドバイスを受け、静岡拠点にフリーアナとして活躍することを決意されました。

https://twitter.com/saturday_viewn/status/1403539452664836100?s=20

何という気の利く思いやりのある旦那様だろ。と思いますが、もし本当に暇だとしたらありあまる時間が旦那様の監視に向かってしまうかもしれないですよね。旦那様、自衛のための、素晴らしい采配だったかもしれません。

そんな訳で竹内由恵 さん、現在は福山雅治さん、吉高由里子さん、賀来賢人さん、ら大物芸能人の所属する芸能事務所アミューズの所属となります。

暫く活発な生活を送られていた竹内由恵 さんでしたが、2020年9月16日、自身のInstagramにて、第1子妊娠を発表されました。臨月期になり、さすがに仕事を控えていると、竹内由恵 さんの退屈の虫が再び疼きだしていたようです。竹内由恵 さん、じっとしていられない性格なのですね。旦那様、ご慧眼。

2021年2月2日、第1子男児の出産をされています。

『ミス慶応』は法学部政治学科

竹内由恵 さんは、東京学芸大学附属高等学校・慶應義塾大学法学部政治学科を卒業されております。慶應義塾大学法学部政治学科。素晴らしい学歴で、まさに報道ステーションなどに抜擢されるに余りあります。ところで竹内由恵 さんは慶應義塾大学法学部政治学科。卒業ですが、専門書の類はあまり好まれず、局アナ時代はもっぱら池上彰さんの書籍を読んで政治経済知識のキャッチアップにつとめられていたそうです。ニュースはあくまでマスに向けての発信ですから、そういう意味でも池上彰さんの嚙み砕いた理論はタメになられたのかもしれません。

竹内由恵 さんは、2006年(20歳で大学2年の時位)、『ミス慶応』のグランプリに選出されております。失礼ながら竹内由恵 さんは身長も163㎝程度のようですし、ビジュアルも正統派美人というよりチャーミング系と存じます。しかしながら、他に美貌の方もたくさんおられると考えられる慶應義塾大学でグランプリを獲得されるとは、それだけ光り輝く内面・外面のオーラがあったのでしょう。

竹内由恵 さんは大学時代、「キャンパスパーク」なる、女子大生読者モデルを束ねているサイトが発行するファッション誌『TiaraGirl』にも掲載されておりました。「キャンパスパーク」は当時インテリジェンス社とも提携しておりました。(『ミス慶応』と「キャンパスパーク」の関係性は不明です。)

読者モデルと学業で忙しい中、大学2年の時に竹内由恵 さんはボクシング部にマネージャーとして入部し、最終的にはマネージャー兼主務となられています。

帰国子女で英検は1級

竹内由恵 さんは東京都中野区の出身ですが、小学校4年生から中学3年生まで、お父様の仕事の都合で、アメリカ、スイス、イギリスに住んでおりました。(※スイスの公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語です)。そのため、英語はかなり堪能で局アナ時代は、オリンピックなど国際大会は竹内由恵 さんの独壇場でした。

ちなみに英検は1級で、TOEICは受験した事がないそうです。同じ元アナウンサーで、ニューヨーク州ニューヨーク市生まれの田中みな実さんが英検「準」1級ですので、竹内由恵 さんの英検1級はかなりすごいこととわかりますね。

父母がすごい

アメリカ、スイス、イギリスを渡り歩くお父様は、かなりのエリートと推察されております。お母様はイタリア好きで、「よく」イタリアに旅行されるのだそうです。これらの事実から、竹内由恵 さん生家は金持ちで確定でしょう。

弟さんがすごい

竹内由恵 さんの弟さんは、元俳優の竹内太郎さん(1990/4/8~)です。お姉様竹内由恵 さんと同じ慶應義塾大学法学部政治学科を卒業され現在は、natural tech(株)および(株)Tokyo Marketersの代表取締役CEOです。なんだか経歴が華々しいので引用します。

出典:https://indoorzoku.com/takeuchi-yoshie-2877

2014年4月に芸能界を引退。同年ディー・エヌ・エーに入社し、EC事業本部でデジタルマーケティングや新規事業開発を担当。2016年7月より、P&Gジャパン・マーケティング本部に転職入社。パンパースなどのベビーケアブランドのブランドマーケティングを歴任した後に、SK-IIの日本・中国市場のブランドマーケティングを歴任。ブランド経営・コンセプト開発・広告開発・デジタル&オフラインで包括的なマーケティングプラン開発。 SK-IIを担当した1年間で担当領域の売上を昨対200%成長させ、社長賞を受賞。その後、独立しnatural tech(株)および(株)Tokyo Marketersを創業。本社を渋谷に置き自己資本を強みに経営者との交流をしている。

お祖父様もすごい!

竹内由恵 さんのお祖父様が、またすごい方だったのです。お祖父様・清水 一行(しみず いっこう、1931/1/12~ 2010/3/15)さんは、高杉良さん、城山三郎さんらと並ぶ経済小説の第1人者だったそうです。確かに、どこかで聞いたことがあるなと思いました。

お祖父様・清水 一行さんは若かりし頃は熱心な共産党員だったそうです。当時清水 一行さんがお父様から受けた、共産党を巡っての糾弾の言葉が少し面白かったので引用します。

「うちは赤線商売をやってるが、はばかりながらアカの血統はねえんだ!共産党を辞めねえんなら勘当だ!。とっとと出てけ!」

清水 一行さんは、1952年5月1日の血のメーデー事件をきっかけに共産党と決別します。1949年1月(清水 一行さんの18歳の誕生日)から、3年と少し後の事になります。

https://twitter.com/saturday_viewn/status/1403301075927531520?s=20

皮肉なことに、1967年春、『アサヒ芸能』に連載していた小説『悪の公式』の中で頻繁に使われていた “屠場”という文言が、『部落差別だ』として、屠場労組と部落解放同盟から糾弾されたりもしています。

溺れる寸前藁をつかみに訪ねてくる中小企業主の、厳かな屠場でもあった。

お祖父様・清水 一行さんは波乱万丈な人生を送られたようです。

何が言いたいかと申しますと、元アナウンサー竹内 由恵さんの一族は錚々たる方々が多いという事でございました。もちをん竹内由恵 さんもその中の1人でいらっしゃいます。1児の母となられた後の今後の竹内由恵 さんのご活躍にこれからも注目していきます!

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